【課題の分離】が対人関係の悩みを取り去り、良好な関係を作る入り口となる!?
こんにちは。どい つよしです。
人が社会に出て行く限り、必ずといってぶつかるのが、人間関係および対人関係の問題。
それについて、僕が学んできたことをベースに、少しでも問題が解消されたり、気持ちが楽になったりする考え方を書いてきています。
ちなみに「人間関係」と「対人関係」という言葉の違いについては、こちらの記事を読んでみてくださいね。
前回は、集団や組織内における人と人との関係(人間関係)の悩みを解消するきっかけとして、「人間関係での摩擦は起きて当たり前」ということを知る。ということをお伝えしました。
今日は、さらにもう一歩進んで、個人と個人というマンツーマンの関係(対人関係)が良好になる考え方をシェアしたいと思います。
ちなみに、僕がオススメしたいのは2つありまして、今日はそのうちの1つをお伝えしようと思います。その考え方とは…
【課題の分離】です!
では、はりきっていきましょ〜!
課題の分離とは?
「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」というアドラー心理学の考え方のひとつに「課題の分離」というものがあります。そして、この「課題の分離」こそが、対人関係の入り口になるんです。
他者や家族が期待に応えてくれなくてイライラする。自分の思い通りに物事が進まないと怒る、という人。
一方で、ほかの人からの期待に応えようとして苦しんでいる。いい意味で自分本位に振る舞うことができない、という人。
この人たちは、「課題の分離」ができていないということが考えられます。
そもそも、あらゆる対人関係のトラブルの原因は、「土足で他者の課題に踏み込むこと」もしくは「踏み込まれること」なのだそうです。
よく例えとして挙げられているのが、親子関係のこじれ。
親は子どもに対して良い人生を歩んでほしいと願うが、子どもがそれに応えてくれないから親が子を叱る。子はますます反発し、距離ができていく。
という世間でよく聞かれるものです。
「子どもに良い人生を歩んでほしい」というのは親の課題であって、その課題を解決するのは子どもではない。子どもには子どもの考える良い人生がある。そこに、親が親の課題を放り込んでくるからこじれていくわけですね。
僕には以前、いつも他者の視線を気にして、他者からの評価に怯えながら仕事をしていた時期がありました。仕事の目指すところが「他者の期待を満たすこと」になってしまっていました。だから、いつも自分の仕事に対して不安がつきまとい、職場にいるだけで相当に疲れました。
あの状況で「課題の分離」を知り、「これは誰の課題なのか」という観点から考えることができていたら、きっと、状況は変わっていたのではないかと思います。
「僕の仕事について他者がどのような評価を下すのか」というのは他者の課題であって、僕にはどうすることもできない。だから、僕にできるのは目の前の仕事を粛々と仕上げていくことだと、割り切れていたのではないかと思います。
あの時の僕は、本来は他者の課題であるはずのことまで、「自分の課題」だと思いこんでしまった為、僕自身を苦しめることになっていたのでした。
課題の見分け方について
では、自分の課題と他人の課題を見分けるにはどのようにすればよいのか、知りたいですよね。
誰の課題かを見分ける時に大事なのは、その課題をしないことによって最終的な結末として誰が困るのか・責任を取るのか、ということを考えることです。これができるようになるだけで、対人関係は激変するとアドラーは言っています。
僕の例で視てみると、目の前の仕事をしないことによって最終的に困るのは僕ですが、僕の仕事への評価については、最終的な責任は上司にあるということがわかります。
このことから、目の前の仕事は僕の課題。仕事への評価は上司の課題。と、課題の分離ができました。
このようにして、最終的な結末として誰が困るのか・責任を取るのかを見分けて行く作業を行うことで、課題の分離ができていきます。
他者の課題を切り捨てよ
「他者の課題を切り捨てよ。それが対人関係の入り口である。」と、アドラー心理学の岸見一郎先生は言っています。
先程挙げた親子の例のように他者の課題に介入すること、昔の僕のように他者の課題を抱え込んでしまう事は、自らの人生を重く苦しいものにしてしまいます。
もし、人生に悩み苦しんでいるとしたら、悩みは対人関係によるものなので、「課題の分離」を考えてみる。
そして、ここから先は自分の課題ではないという境界線を知り、他者の課題を切り捨てる。それが、対人関係を改善する第一歩になるということです。
どれだけ他人の課題を背負い込んだところで、こちらの思い通りになるものではないですからね。
良好な関係を作るために
岸見先生は「良好な対人関係を結ぶにはある程度の距離が必要だ」と言われていて、その距離は“手を差し伸べれば届くけれど、相手の領域には踏み込まない適度な距離”ということです。
この“手を差し伸べれば届くけれど、相手の領域には踏み込まない適度な距離”を保つためには、課題の分離が必要。
この“手を差し伸べれば届くけれど、相手の領域には踏み込まない適度な距離”を保つためには、課題の分離が必要。
課題の分離ができているからこそ、必要な時に手を差し伸べることができるし、強引に引っ張ることも巻き込まれることもなくなる、ということですね。
その流れはこんなイメージです。
①課題の分離を心掛けることで、まず、土足で相手の課題に踏み込む・踏み込まれることがなくなる。
②そして、適度な距離を保ちながら必要に応じて相手の了解のもとで介入する・介入してもらうことができるようになっていく。
これが実現していくと対人関係のトラブルは減り、その代わりに良好な関係が築かれていけそうですよね。
相手に課題の分離を期待しない
「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる。」という言葉もある通り、課題の分離は自分が行うようにしないと効果を発揮しません。
どこまでが自分の課題で、どこからが他者の課題なのか、冷静に線引きをする。
そして他者の課題には介入せず、自分の課題には誰ひとり介入させないということを日々お稽古していくことが大切だと思います。
課題の分離はあくまで入り口
「他者の課題を切り捨てよ」という言葉がありましたが、間違ってはいけないのは課題の分離は対人関係のゴールではなく、入り口であるということです。
アドラーも課題の分離がゴールになってしまうことで他者との関係性を完全に切ってしまうことを危惧してか、「課題は分離するが、他人との関係は切ってはいけない」と言っています。
アドラーも課題の分離がゴールになってしまうことで他者との関係性を完全に切ってしまうことを危惧してか、「課題は分離するが、他人との関係は切ってはいけない」と言っています。
「それは私の課題ではないですので。はい、サヨナラ。」ということで、他者に対して一切関心を持たないということではないということですね。
なぜ、他者との関係を切ってはいけないのか?
アドラーが言うには、「人と人が関わると必ず摩擦が起きるが、同時に、生きる喜びも人と人の関わりの中でしか感じることができない」から。
心理学用語にある、「人は生まれながらに群れをつくって生活することを好む傾向がある」という意味の「群居本能」という言葉や、
人間の赤ちゃんが母親からミルク以外の一切の関わりをもってもらえないと、すぐに死んでしまったり、何かしらの障害を発症したりするという実験結果があることから、
アドラーの「生きる喜びも人と人の関わりの中でしか感じることができない」という言葉は、間違っていないと思います。
課題の分離はあくまでも、良好な対人関係を結ぶ入り口として活用していきましょう!
アドラーが言うには、「人と人が関わると必ず摩擦が起きるが、同時に、生きる喜びも人と人の関わりの中でしか感じることができない」から。
心理学用語にある、「人は生まれながらに群れをつくって生活することを好む傾向がある」という意味の「群居本能」という言葉や、
人間の赤ちゃんが母親からミルク以外の一切の関わりをもってもらえないと、すぐに死んでしまったり、何かしらの障害を発症したりするという実験結果があることから、
アドラーの「生きる喜びも人と人の関わりの中でしか感じることができない」という言葉は、間違っていないと思います。
課題の分離はあくまでも、良好な対人関係を結ぶ入り口として活用していきましょう!
おわりに
いかがでしたか?
今日は、「【課題の分離】が対人関係の悩みを取り去り、良好な関係を作る入り口となる!?」というテーマでお伝えしてきました。
特に押さえておきたいところは、
・土足で相手の課題に踏み込むことが対人関係のトラブルの原因になる。・課題の分離をすることが、対人関係の悩みを解決に導き、良好な対人関係を作る入り口になる。・自分が変わろうとする、日々お稽古に励む。・他人の課題を切り捨てても、関係は切ってはいけない。
ですね。僕も絶賛実践中です。
ふと、グループ内にこの考え方を浸透されることができれば、グループ内での人間関係のトラブルに、リーダーが頭を悩ませることも無くなるのではないかとも思いました。
ぜひ、課題の分離、少しずつでも、日々の生活の中に取り入れてみてはいかがでしょうか。
参考文献
この本をモデルにしたドラマもあった、アドラーの名前を世に知らしめた岸見一郎先生によるベストセラー。
今回取り上げた「人間関係は摩擦が起きて当たり前」についても書かれています。
アドラー心理学の哲人と、人生を変えたくて相談に訪れた若者の対話形式で書かれているというのが、他の心理学の本にはない新しさがあります。
今回取り上げた「人間関係は摩擦が起きて当たり前」についても書かれています。
アドラー心理学の哲人と、人生を変えたくて相談に訪れた若者の対話形式で書かれているというのが、他の心理学の本にはない新しさがあります。