ココロの皮むき

産業カウンセラーが学んできたことを書くブログ

ベイダー・タイム、終焉。ビッグ・バン・ベイダーの訃報を聞いて思ったこと。

地方紙にも載っていた訃報

外国人トップレスラーで日米で活躍した、
皇帝戦士ビッグ・バン・ベイダーが亡くなりました。


地方紙の高知新聞にも写真入りで載っていました。
意外に広く知られていたんですね。

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参照:高知新聞


写真は晩年の試合の模様ですね。
豪快にチョークスラムを食っているのは、
おそらく越中詩郎だと思われます。

衝撃のデビューからプロレス界の頂点へ

ビートたけしさんが作ったプロレス軍団、
その名も「たけしプロレス軍団(TPG)」。

ベイダーは、打倒アントニオ猪木の為の、
最強の刺客として衝撃的なデビューを果たします。
そして、その試合は暴動騒ぎになりました。

その後、
またたく間に新日本プロレスのトップレスラーになり、
新日の象徴であるIWGPタイトルも手にします。

ドラゴン藤波辰爾との抗争もありました。
藤浪はベイダーとの戦いで腰に大ダメージを負ってます。

90年には全日本プロレスのトップ外人、
不沈艦スタン・ハンセンと激突。

僕はVTRで観戦しました。
ふたりとも暴走ファイトを武器にしているので、
むちゃくちゃだけど、迫力満点の試合でした。

個人的には東京ドームでの初対戦より、
福岡国際センターでの再戦が好きです。

90年代半ばに格闘技色の強いUWFインターへ移籍。
当時まだ「出てこいやぁ!」と言ってなかった
高田延彦との抗争へ突入します。

UWFインターのスタイルにも対応して、
器用な一面を見せてくれましたが、
どこか、やりにくさを感じずにはいられませんでした。

WCWWWEアメリカでもトップをはり、
98年から遂に全日本プロレスへ参戦。

全盛期の三沢光晴小橋建太川田利明らと
激しいファイトを展開していきます。

スタン・ハンセンとの不沈皇帝コンビ、
スティーブ・ウィリアムスとの殺人皇帝コンビ、
とにかくデカくて強い外人レスラーのパワーを
存分に見せてくれたと思います。

全日本の受けの美学のプロレスが、
ベイダーのスタイルに合ったんでしょうね。

99年には三冠ヘビー級王者を獲得。
新日と全日の両方のタイトルを保持した
数少ないレスラーの一人でもあります。

大阪で見た小橋建太とのシングルマッチ
見ているこちらもリキみ過ぎて疲れるほど
力と力の真っ向勝負だったし、

東京ドームで見た三沢光晴との三冠戦は、
ジャイアント馬場追悼興行であったこともあり、
完全アウェーの雰囲気の中ではありましたが、
怖くて強いヒール役としての最強外国人に徹する
素晴らしいプロフェッショナルな仕事ぶりでした。

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参照:産経ニュース

その後、三沢とともにNOAHに移籍しますが、
毒が抜けたように怖さが感じられなくなります。

タイトルマッチにもほとんど絡むこともなくなり
全日時代の続きを見たかった僕としては残念でした。

巨体に似合わずオールラウンダーなレスラー

ベイダーは370パウンドの巨体に似合わず、
とても器用なレスラーでした。

トップロープからのムーンサルトプレスをはじめ、
空中殺法も結構得意でした。

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参照:プロレス危険技 5> STO エベレストジャーマン ムーンサルトプレス


受け身もなかなか上手にとっていて、
全日・NOAH時代には、
「投げられ過ぎや!」
という声も聞かれることもあったりしました。

ベイダーは器用でしたが器用貧乏に陥らなかった。
だからこそ、世界の様々な団体でトップになれたんでしょうね。

そういえば、
ベイダーといい、ビガロといい、橋本真也も含めて、
昔の新日本には強くて動けるデブ(失礼)が
揃っていたように思います。

そして、3人とも、もうこの世にはいません。。。

今頃、天国で、
三沢やウィリアムス、ビガロ、橋本と
激闘の続きをしているかもしれません。

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参照:http://kisha-poppou.com/vader/


心よりご冥福をお祈りします。

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